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2.01.2017

ぶじ帰国

haja&Chi
イタリアヴァイオリン チェロ 作家
永石勇人 清水ちひろ

少し前のことですが…長時間フライトを終え無事イタリアに戻りました。
ミラノの友人宅に一泊させてもらい、翌日はその足で中心街へ。
掃除済みドゥオーモの前で☆


この後ドゥオーモの脇、Palazzo Realeにて特別展『北斎、広重、歌麿』展へ!!

12.21.2015

続々々・クレモナからトレントに〜住み込みヴァイオリン制作〜

haja&Chi
イタリア ヴァイオリン チェロ 作家
永石勇人 清水ちひろ

 haja&Chiの”Chihiro”がトレントを訪ねて来た午後を利用して、ボルツァーノの街へいきました。



オシャレな目抜き通り
アレンジのきいたスタイルでおもちゃのような雰囲気



 ボルツァーノへの目的はもちろんアイスマンことオッツィーをみに行く事。



アイスマンの想像復元
コレステロール値がたかかったらしい・・
今と同じ・・


https://ja.wikipedia.org/wiki/アイスマン

 冷凍付けになったミイラは皮まで見える程綺麗に保存されていました。
 彼のために作られたそのミュージアムは生きていた時には想像もしていなかったであろうガラスケースと冷蔵庫の彼専用の家。。衣類や道具など所持品が一点ごとにしっかりとならべてありました。。本当に凄い。。5000年前の人です。




最も古いレギンス
ファッションは5000年前と変わらず・・・

Otziの仕事ぶり。刃物の跡が残る弓


 ボルツァーノはイタリアではクリスマス市でもちょっと知れた町、、この時期すでにお店が立ち並んでいました。
 人目をひくコップワインの飲み処。Vin Brule'です。



出店のVin Brule
クリスマス市にて

 ホット赤ワインに火をいれてアルコールをとばし、砂糖とカンネッラ、キョード・ディ・ガロッファノ などをいれる冬のワインの飲み方です。
 一杯、2ユーロからとアペにしてもリーズナブル。ワラワラ集まってはみんなで楽しんでいました。



名物のStrudel di mela(アップルパイ)
街角どこにでもありふれている
これは地元の人オススメの老舗
さっぱりした甘みで食べやすい


 ボルツァーノはすでにオーストリア語ににた方言をしゃべる山奥。。そして現在はヴァイオリンの表板の木はこの地区の山々の間でとられています。
 むしろ西洋楽器のほとんどは振動板にスプルースを使うので、今となっては神聖な場所になるのかもしれません。
 ヴァイオリンの木はクリスマスツリーですので、この地域ではどこにでも生えています・・が、どの山のどのゾーン木を使うかがかなり重要になってきます。山の人々同士でも折々、ヴァイオリン用の木の話題がのぼるそうです。マニアックなはなしですね。


永石はやと

12.14.2015

続々・クレモナからトレントに〜住み込みヴァイオリン制作〜

haja&Chi
イタリア ヴァイオリン チェロ 作家
永石勇人 清水ちひろ





 サンタ・マッセンツァ湖と近くの集落パデルニョーネにいってきました。
たまの休憩でクリスマスのワインを仕入れに行くついでに車に便乗させてもらいました。



 この湖はトレントの山々に囲まれた地域でありながらガルダ湖から上がる温かい空気のおかげで地中海式の農業をしています。戦前戦後はレモンなどの柑橘類の栽培もしていたそうです。輸送がまだ困難だった時代に大変重宝していたらしく、山岳にいながら地元の人はオリーブオイルやレモンを口にしていたそうです。



クレモナにない太陽でひなたぼっこ
写りませんが清々しい風がふいています


 不思議な事に道を進んで行くとモミやカラマツなどの生える一帯から一変してオリーブやイトスギの生える谷に入ります。小さい湖なのですが、冬でもほのかに温かく風がいつでもぬけています。



度数の少し高めの白
濃厚なので1杯でも飲みごたえあり


 この気候を利用したワイン作りが盛んで、Vin santo(ヴィンサント)まで作っています。
ヴィンサントはヴィーノ・パッシートの一つで、言うなれば干し葡萄のワインで甘みが増したリキュール感覚のワインです。とれる量が少ないためボトルも小さく色も琥珀色のデザート酒です。




昔はドイツ、オーストリアからガルダ湖に向かう道がここだけだったようで30年近くあると言う老舗。メニューもこの主人も30年間変わっていないとのこと・・
(注:左が主人、右がoffのプリモン)




 もちろんワインは赤白、最近イタリアでも定着してきたロゼ、そして主力のグラッパの蒸留とレパートリーは豊富です。


グラッパに定評のある蔵、CASIMIROの主人とルカ
トレントの人がどんなのを好むのか意見をだしあってました



 近年、イタリアも毎年異常気象続き・・東北イタリアのワインはおいしいです。技術や知識も蓄積されこれからさらに美味しくなることでしょう。
 トレントの町でもこの日は、トレント・ドックというシャンパン種のワインをいただきました。これまた美味ですね。

 そしてここの凄いのが景色からは想像もつかない大規模な水力発電。山の地下に築かれた発電所は普段は見れません。原発を使わないイタリアはこうした発電所が随所に配置してあります。





hajato Nagaishi (https://www.facebook.com/hajaandchi/)

11.15.2015

クレモナのサント・オモボノ教会

haja&Chi
イタリア ヴァイオリン チェロ 作家
永石勇人 清水ちひろ

 イタリアの各都市にはそれぞれゆかりの聖人(イタリア語で”SANTO”サント)がいます。

 有名どころはローマのサン・ピエトロとサン・パオロ、ベネツィアのサン・マルコ、ミラノのサンタンブロージョ…。
それぞれサントの日が定められ、各地でその日は休日扱いです。


こちらは普段の教会の様子。鉄格子で扉が閉ざされています。

 クレモナの聖人の名はサント・オモボノ。11月13日がオモボノの日です。この日は学校も仕事もお休みで、普段閉めているオモボノ教会が一般公開されミサが行われます。
昼のミサの模様

 オモボノは中世12世紀クレモナで盛んだった職業の一つ羊毛商人で既婚者、子供も二人生まれたそうです。仕事は順調だったらしくかなり財をなしたとか…。
彼自身は何も書き残したり言い残したりしていないのですが、その財産を当時貧しかった人や不幸のあった家庭、幼い子供の慈善事業のために使います。
その功績をたたえて死後わずか2年未満のうち、カトリック教会より一般市民として初めて列聖されました。
今ではクレモナの街だけでなく、『商人』『仕立て屋』の守護聖人としてまつられています。
12世紀には街の聖人だったオモボノさん…その後活躍したアマティやストラドなども彼のためのミサに参列したり、ご遺体に花を添えたりしたのでしょうか…。現在ご遺体はクレモナのドゥオーモ主祭壇地下に眠っています。
 私はお昼のミサの時間にオモボノ教会に行ったのですが信者さんが老若男女来ていました。普段はお隣のサンタゴスティーノ教会でミサの手伝いをしているおじいさん&聖歌隊、高校生はクリスマスくじの販売のお手伝い、奥様達は持ち寄りの品でバザー開催と地元の人の和でオモボノの日を大切に過ごしているのが伝わります。
主祭壇。ミサ後は聖歌隊やミサの手伝いをした人達に挨拶をする信者さんたち。
教会脇の小さな回廊ではシニョーラ達によるバザーが開催されます

教会自体は小ぶりですが、ファサード前に広がる石畳はとても可愛らしいです。元々は聖人アエギディウスをまつった教会でした。起源は7世紀とのことですからかなり土台は古い教会です。数年前に外壁の修復作業が行われ外観はきれいになったのですが内部のフレスコ画は痛みも目立ち、天井にひびもたくさん入っています。
天井のフレスコ画。

 はやく内部も修復されますように…と願いつつ回ってきたお賽銭袋にほんの気持ち入れました。




清水ちひろ

11.12.2015

耳をすませば

haja&Chi
イタリア ヴァイオリン チェロ 作家
永石勇人 清水ちひろ

あのジブリの名作です。

 クレモナは歴史的には農業がささえたまち。少しのセメント、鉄鋼業が近代の産業でした。いまでもトウモロコシ畑や豚、牛が有名ですが町のイメージおこしとしてヴァイオリンが取り上げられたわけです。
ストラディヴァリの工房のあった町。
そして珍しくジブリに名前が出てくる実在する町です。


ファンが作った観光マップ。
地球屋のかたちのポストが横にあります。

 かたや映画の舞台はといいますと小生も最近知ったのですが京王線の聖蹟桜ヶ丘なんだとか・・・というわけで行ってみました。







 駅ビルも大きくさすが京王線沿い。年齢層も若い人が目立ちます。

 桜ヶ丘は高級住宅地。奇抜な形やガラス張りのデザイナーズハウスが立ち並んでいました。





 街全体はおちついたのんびりした雰囲気。映画の中でもよく坂を上り下りしているイメージがありますがまさに坂だらけ、移動に一苦労です。。

川沿い 
犬の散歩、カップルで散歩をする人がちらほら・・ 左手上に耳丘。

 夕暮れ時は買い物や帰宅途中の人々がわらわらと・・。都心とはひと味違う、まさに映画のオープニング、エンディングそのままです。


今では、フェンスが置かれて無茶ができないように・・右手奥に新宿のビル

 一番有名なプロポーズの場所。桜ヶ丘で新宿のビル群が見えるのは一カ所だけだそうです。
 


 そして杉村くんが告白した神社。本当にそのまんま・・・平日でも何組もの恋人がおとずれていました。

ふられた場所なのに、なぜか縁結びな感じに?


 そして憧れの地球屋。邪宗門にはたどり着けませんでしたが、桜ヶ丘の奥にロータリーがありました。思ったよりあっさりしている感じです。

おじいさんのいる骨董屋。。今の東京にあるのでしょうか。


 今回桜ヶ丘を訪れるにあたって何回も映画をみて、昔のイメージとちがって見えるのに驚かされます。
受け取る側がかわっていってしまうのですね。

 劇中で聖司くんのキザな言葉、おじいさんの語りより的をいたセリフ。
ジブリが伝えたかったメッセージがここに!・・と今更ながら気づきました。

”でもな、人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ。” (お父さん)

さらに、

雫『クレモーナはどうだった?』

聖司『見ると聞くとは大違いさ!』

hajato

9.07.2014

イタリアの小さな町

haja&Chi
イタリア ヴァイオリン チェロ 作家
永石勇人 清水ちひろ 

私達の住むクレモナから南東に約40キロのところにあるカザルマッジョーレ市(町)へ行ってきました。
目的は町の観光とその日催されていたアンティーク市です。

 距離的には比較的近いのですが、途中ピアーデナ駅で冷房無しのディーゼル車両に乗り換え、40分の電車の旅。
 駅から町の中心地までは一本道です。まずは町の真ん中、アンティーク市がたつガリヴァルディ広場を目指します。

 

ガリヴァルディ広場と正面にあるお役所
 町の規模からすると広場はとても大きく綺麗に整備され、やさしい色の建物に囲まれたとても可愛らしい作りです。正面には役所が見えます。
 一見、古そうな雰囲気をかもし出していますが実際は1800年代に作られた建物で、当時流行した”中世ふう”に見せるネオゴシックスタイルだそうです。広場もその頃までは土が敷き詰められた広場だったとか。









銅製のお鍋たち
 
 さて、お目当てのアンティーク市は…あれ?出ているお店の数が少ない!?実はこの日、ヴェローナ近郊で大きなアンティーク市がたち、皆そちらへ出店しているとのこと。むむむ、残念。でもクレモナでも月に一度ある市とは来ているお店が全く違う様子です。何か掘り出し物があるかも?











農具や馬具の他にも謎の金具がたくさんあります


 中でも私達の注目度が高かったのは農具の金具屋さん。農業用牛車や馬車にひかせた台車の飾り金具やそれを連結する金具、とんかち、クランプなどかなりマニアックなラインナップです。













おしゃれドアノブたち


 次にドアノブや、食器などに混じって発見したものはヴァイオリンのペグ&駒!ヴァイオリン職人がお店をたたむ時に買い取った品だそうです。楓ではないもの、下駄をはいているものなど様々です。










 アンティーク市を後にし、一路ポー河へ。クレモナでは町の中心から河まで自転車で10分くらいかかるのですがカザルマッジョーレは歩いて5分の所に河が流れています。そのため、過去に3回も大きな水害にみまわれたそうです。
 河沿いに町を進むとトッリオーネと呼ばれる大きな要塞があります。今はその塔部分のみが残るちょっぴり寂しい雰囲気の建物です。次は町の反対側にある一番大きな教会ドゥオーモを目指したのですがお昼休み中のため外観のみ拝見。




イタリア旅行によくある昼休みのため外観のみ…残念!


 建物の高さがクレモナに比べて低く、ポルティチと呼ばれるこの地方でよく見るアーケードの一種をもちいた建物があります。


イタリアのアーケード『ポルティチ』の下で

 クレモナよりぐっと小さなカザルマッジョーレ。


 こういう小さな町がイタリア全土にたくさんあるので、少しづつ見て知っていきたいです。


Chi(清水ちひろ)   https://www.facebook.com/hajaandchi?ref=hl

7.13.2014

Graziella! グラツィエッラ!!

haja&Chi
イタリア ヴァイオリン チェロ 作家
永石勇人 清水ちひろ


一瞬ですが、お見逃しのないように…



日本でもおこった折りたたみ自転車ブーム。
色、形、サイズといろいろありましたね。
チャリ大国イタリアにも折りたたみ自転車ですてきなデザインのものが昔からあるんです♪

こんな可愛い広告だったのかな?

 その名はGraziellaグラツィエッラ!
ヴェネト州のヴィットリオ・ヴェントでテオドーロ・カルニエッリ社という自転車メーカーがリナルド・ドンゼッリ氏のデザインより1964年に作ったのが始まりだそうです。
それまであった自転車のイメージは車と比べると「ちょっと貧しい移動手段…」だったそうですが、エコブームの到来もあり瞬く間に若さと健康のステータスシンボルになりました。

 また、当時はフィアット社の4人乗り『ヌオーヴォ500(チンクエチェント)』にグラツィエッラを積んでピクニックに行くのが流行ったとクレモナの奥様でグラツィエッラ好きな方が話してくれました。
 グラツィエッラはまさに60年代イタリアを代表する『made in Italy』のひとつなのです。
公式HPにはフランスの女優ブリジット・バルドーやスペインの画家ダリがグラツィエッラと一緒に写っている写真もあります。


 オリジナルの物はいまだに人気が高く、ネットオークションでもよく見かけます。コレクターもいるようです。
ちょっと前まではこれに乗っていると『bici da nonna!』「おばあちゃんのためのチャリ~!」とからかわれる事もありましたが、最近は手入れをしたグラツィエッラをクレモナでもたびたび見かけます。乗っているのも年配の方に限らず、おばあちゃんのガレージから探し出してきた?と思われる10代の若者も多く見ます。

当時の雑誌の記事のようです

 当時、多くの模造品が流通したたそうで、そのため幾度かのモデルチェンジ、さらに大きめのサイズの製造も始め、常にオリジナリティ溢れる『グラツィエッラ』の地位を確立していました。
 多くのライヴァルちゃりがオリジナルとごっちゃになったため、80年代末にはオリジナルグラツィエッラの生産が打ち切られました…。

こちらはBianchiの折りたたみ自転車です

 幸い60~70年代の復刻ブームの波もあったためか、2012年以降デザインを一新して生まれ変わりました。
タイヤは20インチ、電気はLED電球使用、オリジナル同様チェーンケースはアルミ製ですが他はステンレス製!だからかなり重いんです。
そして何を隠そう…SHIMANOの3段変速システムがついているのです!?
『made in Japan』も負けていませんね!!

 なぜここまで熱く書き綴ったかというと…

ドゥオーモ前でご機嫌な私&グラツィエッラ

 本物のグラツィエッラをプレゼントしてもらいました♪
部分的に新しいものもありますが、ほぼオリジナル☆


 さぁ、今年の夏はこのグラツィエッラに乗ってサイクリング♪サイクリング♪やっほ~♪やっほ~♪


9.09.2013

アドリア海からクレモナへ続く道を追いかけて

haja&Chi
イタリア ヴァイオリン チェロ 作家
永石勇人 清水ちひろ


 アクイレイアという町を知っていますか?

 古代ローマ時代の首都はローマやポンペイは有名ですが『アクイレイア』という町は当時、ポンペイに並ぶほどの大都市でした。

このころ、ヴェネツィアが出来るはずの近くの島はまだまだ家もない湿地帯です。

『ヴァイオリン誕生の地』でも少し触れた古代ローマの街、アクイレイアに今回は行ってきました。北イタリアの貿易を1500年間支えたローマ街道の出発点です。


 アクイレイアはスロヴェニアとの国境に隣接するフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州の南、ヴェネツィア湾近くにあります。



フェンスの向こうでは発掘作業中です
現在のバジリカを中心としたアクイレイアは人口3500人。ローマ時代には帝国二番目の町、としては見る影もないとても小さな町です。
遺跡の発掘調査はまだ完全に終わっていないため、私達が訪れた時も現場にて作業をしている人達に会いました。
聞くとそこは古代ローマ人の邸宅跡で、8月中旬には一般に開放するため急いで調査、発掘中との事でした。







 約2000年前のアクイレイアの地形は現在のものとは異なり、今はもうない巨大なアキリス・ナティゾーネ・トッレ川を利用した港町でした。このアキリスから『アクイレイア』という地名がきています。
波止場は高さの異なる防波堤が築かれ、様々な大きさの船に対応出来るようになっていたそうです。河川港跡では倉庫へ続くタラップ(階段)なども見えます。
この港へは地中海全域より、食料、香辛料、石材、宝石、布地などが運ばれ、イタリア半島へ送られたりドナウ河方面の市へ運ばれたそうです。










 皆が集まって会議や裁判をした大広場『フォロ』も発掘されました。
他には市場、町を囲っていた2重構造の外壁、皇帝の別荘、その隣には楕円形競技場、それとは別に円形競技場もあったようです。




 そしてバジリカ。西暦313年には最初の建造物があったようです。
この最初の教会が破壊されてから4回ほど元々あった土台に積み重ねるかたちであらたに構築していき現在の姿になりました。









 バジリカ内はなんとクリスタルガラスによるわたり廊下が設置され、
4世紀以降作り続けられた総面積760㎡におよぶ張り巡らされたモザイクを足の下に見下ろすことが出来るようになっています。
クリプタと呼ばれる地下祭室にもそのモザイクは続き、バジリカ脇にある鐘楼の土台のところまであります。
モザイクは1900年代に入ってから発見され、それを期に中世からあった床を掘り下げ見れるようになりました。





モザイクと扉の位置からどれだけ掘り下げたかがよくわかります。












 まだまだ多くの遺跡が眠るアクイレイア。
次回訪ねる頃には新たな発見があるかもしれないですね。




Chi(清水ちひろ) https://www.facebook.com/hajaandchi?ref=hl